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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
嘉訓は帰って来ると昔なじみの佐々のうちへしばしば出入りした。
「奥さん、あなたののどの線は、美しいです。日本の女には滅多にない。ヴィクトーリア女王ね、あのひとは、そういう美しいのどの線をもっていました。是非、描かして下さい。佐々先生の肖像も。きっと描きましょう。お二人はわたしの恩人だからね」
砂場嘉訓は、永年画架に向って仕事をしているうちにそういう姿勢になったのか。どこにかけても、開いた脚の間に腹をおとして尻をうしろに引いた姿勢となり、ものをいいながらいつもほろ酔いのように、変に柔らかく手頸をふった。そして、上まぶたをほそめた真直な視線で、それも大画家の風貌という風に、ふた息、三息する時間だけ余計にじっとあい手を見た。伸子の幼い記憶のなかにぼんやり浮ぶ若かったときの砂場嘉訓はもっとからだも小さく、無骨で、かたい若者のようだった。今日老大家として現れている嘉訓は伸子に妙に落ちつかない印象を与えた。
嘉訓が帰って間もない頃佐々泰造が、おどろいたように、
「砂場嘉訓という男は、一風変っているね、金勘定をしらないらしいよ」
といったことがあった。
「まさか」
多計代が、否定した。