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ふたつのしょうがつ

二つの正月

寺田 寅彦

「文芸春秋」1930(昭和5)年2月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,947 字 · 6 页

青空文庫

片言のイタリア語でお神さんに「コレ、日本の地質学者。……ダメ」と云ったようなことを云ってやったつもりである。

次の日はポツオリに行って腹立たしくうるさい案内者に悩まされながらセラピスの寺の柱に残る地盤昇降の跡を見、ソルファタラ旧火口の噴煙を調べ、汚い家でスパゲッティの昼食を食って、帰りの電車で、贋銀貨をつかまされた外にはあまり人間味のある記憶が保存されていない。

異郷で迎えた正月も数ある中でどうしてこの武雄温泉とナポリと二つの正月が割合に鮮明な絵となって、そうして対幅のようになって残っているのか。どちらも南国の旅の正月であったが、単にそれだけのことであるのか。まさか有田の乞食婆の喰っていたあの唐辛子のかかった真赤なうどんと、ポツオリの旗亭のトマトのかかった赤いスパゲッティとの類似のためであろうとも思われない。しかしこの二つの、時間的にも空間的にも遠く距れた心像をつなぎ合せている何物かがあるだけはたしかでなければならない。そうしてこれはやはり実に恐るべき現象でなければならない。(昭和五年二月『文芸春秋』)