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にじゅうしんぞう
二重心臓
夢野 久作
「オール読物」1935(昭和10)年9、10、11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,188 字 · 129 页
ウンザリしちゃった」
「イヤ。今度の事件とは関係のない、全然別の話なんだ。何でもその歌姫を轟氏が可愛がっているお蔭で、兄貴までもが御厄介になっているらしいという、松井ヨネの話だがね」
「ウルサイ奴ですね。アノ飯焚女は……」
「おお。女中といやあ今の小間使の市田イチ子もチョットういういしい、踏める顔だよ。紹介してやろうか。今に茶を持って来るから……」
「イヤ。モウ結構です。僕は帰ります」
「まあいいじゃないか。ユックリし給え。君は女が嫌いかい」
「探偵小説があれば女は要りません」
「そんな事を云うもんじゃないよ。まあ見て行けよ。別嬪の顔を……」
「イヤ。帰ります。お邪魔をするといけませんから……」
「アハハハハ。コイツはまいった……」
ちょうどその時分であった。呉服橋劇場五階に在る呉羽嬢の秘密休憩室で、呉羽嬢自身と、笠支配人とが向い合って腰をかけていた。
その秘密休憩室というのは、平生劇場用の小道具等を蔵っておく五階屋根裏の大きな倉庫の片隅を、ボロボロになった金屏風や、川岸の書割なぞで二間四方ばかりに仕切って、これも小道具の塵埃塗れの長椅子と、歪になった籐椅子を並べて、楽屋用の新しい座布団を敷いただけのもので、リノリウムの床とスレスレの半円窓の近くにカラカラに乾いた枯水仙の鉢が置いてあるのが、薄暗い裸電球の下で、そうした書割