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にじゅうしんぞう
二重心臓
夢野 久作
「オール読物」1935(昭和10)年9、10、11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,188 字 · 129 页
しかし、それもホンノちょっとの間の事で、世間の人はいつの間にかそんな事を忘れるともなく忘れていた。
とはいえ呉服橋劇場の探偵劇と異妖劇の味を心から愛好していた一部の尖端都会人は、事実、火の消えたような淋しさを感じていたらしい。折ふし場末の活動館にかかった面白くも何ともない独逸の怪奇映画「笑う心臓」というのが連日、割れるような大入りを占めたのを見ても、そうした怪奇モノに飢えている都会人の心裡がアリアリと裏書きされていた。実際、敏感な文壇の人々や劇評家、芸術家の中には「呉服橋劇場を救え」とか「邪妖劇と都会人」とか「怪奇劇と女優」とかいったような「クレハ嬢礼讃」を中心とする文章を来月号の雑誌に投稿すべく、熱心に執筆していた人々も、実際に居たのであった。ところが、こうした一種の純真な意味の都会人の憂鬱は、それから間もない一箇月目に物の美事に粉砕されてしまった。東京市中でも有力な十大新聞の九月四日の朝刊の全面広告を見た人々は皆アッと驚かされたのであった。
その全面広告の中央には五寸四方ぐらいの呉羽嬢の丸髷姿の写真が、薄い小さな唇の片隅から白い歯をすこしばかり洩らした、妖美な笑いを凝固させており、その周囲に一寸角から初号、一号活字ぐらいの赤や黒の大活字が重なり合って踊りまわっていた。