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ごじゅうねんだいのぶんがくとそこにあるもんだい
五〇年代の文学とそこにある問題
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社、1979(昭和54)年11月20日初版発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,472 字 · 50 页
自分から頭と心を働かして現実を眺めること無用。ラジオの娯楽版、大人と子供の世界をひたす漫画とともに、愚民教育の掘割の幅をひろげた。一九四九年に、この近代擬装エナメルの色どりはげしいギラギラした流れの勢が、どのように猛烈であったかについて『人間』十二月号の丸山真男・高見順対談の中で、高見順が次のように云っている。
「芸術家の方も自重しませんと……。終戦後のわれわれの恥を云えば、作家の態度が、一種のセンセーショナリスムをねらうみたいになってしまってね。人の魂に小さな声で囁きかけてゆくのでは駄目で、往来の真ン中で、わあッと大声をあげる式でないと、声が聴えないのです。そのかわり大きな声をたくさん出せればいいわけです。明治以来こんなことは、はじめてでしょう。こんなに作家が大声をあげれば、あぶく銭がとれるのも、初めてのことでしょう。」「菊池寛と大臣の台所の費用が同じだと云って、文士も偉くなったとほめられたものでしたが、今は大臣以上ですからね、大きな声を出しさえすれば……。」
風俗小説が、その世相複写の一定の限界に達してくれば、それらの作者の生活範囲での種さがしと、センセーショナルな事件をあさる職業心理はさけがたいだろう。