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ごがつのゆいぶつかん
五月の唯物観
寺田 寅彦
「大阪朝日新聞」1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,225 字 · 9 页
その後から年とった女達が鍬の上に泥を引っかけたのを提げて弾薬補給の役目をつとめるためについて行くのである。とうとうつかまって顔といわず着物といわずべとべとの腐泥を塗られてげらげら笑っている三十男の意気地なさをまざまざと眼底に刻みつけられたのは、誠に得難い教訓であった。維新前の話であるが、通りがかりの武士が早乙女に泥を塗られたのを怒ってその場で相手を斬殺した事件があって、それを種に仕組んだ芝居が町の劇場で上演されたこともあったようである。
これらの泥塗事件も唯物論的に見ると、みんな結局は内分泌に関係のある生化学的問題に帰納されるのかもしれない。そういえば、春過ぎて若葉の茂るのも、初鰹の味の乗って来るのも山時鳥の啼き渡るのもみんなそれぞれ色々な生化学の問題とどこかでつながっているようである。しかしたとえこれに関して科学者がどんな研究をしようとも、いかなる学説を立てようとも、青葉の美しさ、鰹のうまさには変りはなく、時鳥の声の喚び起す詩趣にもなんら別状はないはずであるが、それにかかわらずもしや現代が一世紀昔のように「学問」というものの意義の全然理解されない世の中であったとしたら、このような科学的五月観などはうっかり口にすることを憚らなければならなかったかもしれないのである。