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きょうらくじん

享楽人

和辻 哲郎

「人間」1921(大正10)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,551 字 · 10 页

青空文庫

彼は『ファウスト』においてそのしからざる真面目を呈露している。従って彼の自由な、余裕ある、落ちついた鑑賞の態度は、彼の「人」としての大いさから出ているのである。ここに木下がこの師からさらに深く学ぶべきものがある。そうして自分の木下に対する友情は、木下に向かって「この師にさらに深く学ぶ」ことを忠告させようとする。彼はさまざまの近代芸術に心を魅せられたが、しかし結局彼の師は、彼がその早い青年時代に感じたごとく、ゲエテでなくてはならない。彼の内にさらにこの師に培わるべき、重大な芽がひそんでいることを、自分は明らかに感じている。自分はこのことを彼の外遊の発途に当たってあえていう。彼はおそらくイタリアにおいて、フランスにおいて、故郷に帰ったような心の落ちつきを感ずるであろう。そうしてそれは彼を再び十年前の夢に引き戻すであろう。そこで昔の師が再び彼の心を捕えなくてはならぬ。自分は彼のヨーロッパ紀行に楽しい望みをかける点において、人後に落つるものでない。しかしその「望み」のうちには右のごとき期待と祈りが強く混じているのである。

付記。この文章は十七年前に書かれたものであるが、その後の年月はこの文章の誤謬をはっきりと示している。