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にんげんさんすいずまき

人間山水図巻

吉川 英治

「東京 創刊号」1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,343 字 · 21 页

青空文庫

手下達は、やがて老人が食物を貰いにも来なくなったので、何を喰って生きているのかといぶかり合っていた。

秋の一日、蕭照は退屈まぎれに、老画師の生活を窺いに行ってみた。山門の下の狐狸も棲めないような小堂をいつのまにかきれいにして、老画師は、茶を煮ていた。

『これはおめずらしい。さあお入りなされ』

長いこと忘れていた人間づきあいの世間的なことばを、蕭照はふいにここで聞いたような気がして、あいさつにつかえた。

が、とにかく入ってみて、そこらを見廻すと、碗といい炉といい卓といい、元より形ばかりの清貧だが、とにかく一高士の隠棲ともいえる清潔さを保って、わけて文房具などはちまちまと持主の賞愛をあらわして飾り並べてあった。

『老人、どうしてあんたは此の頃、山寨へ喰べ物を取りに来ないのかね』

『いや、近頃はの、麓の衆が、よく喰べ物をくれるのでな』

『へえ……里から?』

『絵を欲しがってな、子どもら迄が、どうかすると遊びにくる』

『ほんとかね』

『わしとて、喰べずには生きておられん』

蕭照は信が措けなかった。なぜならば、里の者はこの山中を、盗賊の巣と知っているはずだからである。――嘘でもない気がしたのは、事実老画師が山にはない茶を煮たり、こうして生きている事実だった。