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にんげんさんすいずまき

人間山水図巻

吉川 英治

「東京 創刊号」1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,343 字 · 21 页

青空文庫

『そんな怖い思いをしても、お前さんの絵をここへ貰いに来る馬鹿があるのかなあ』

彼は、それを知らなかった自分が、里の者から威を揶揄されている気がしたので、毒づきながら、そばの壁に貼ってある一つの絵をじろと見つめた。

眼の前に、老画師の煮た茶の香りが置かれ、老画師は客にかまわずまた絵筆をもって、べつな試作に他念なくとりかかっていた。

『…………』

蕭照の心にふと自然の何かが映った。その自然美の中に住んでいながら今まで少しも眼にも心にも映じたことのないものが、どうしてなのか、老画師の絵筆を通した紙の上に初めて彼は観せられたのであった。

飽かずに半日ほど、飽かぬ絵筆のさきを、眺めてしまった。

そしてやがて山寨の方へ向って独り帰るさには、今日まで彼が見つつも見えなかった大自然の美が、生れて初めて見たもののように見えた。

『……はてな?』

その晩、寝ながらも思った。

ひとりの老画師の所には、求めないのに食物が運ばれ、山寨の大男の群は、常に人間の血が号泣に出逢うのを忍ばなければ生きてゆく糧が得られないとすると、……これはすこし意気地がないぞとも考えた。

こうして寝ているまも、おれは今日まで出会って来た無慙な人間の断末の形相やわめき声が、ともすれば夢寐にまでつきまとって、寝ざめのよかった朝とてない。