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にんげんはんえい
人間繁栄
豊島 与志雄
「改造」1924(大正13)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,038 字 · 38 页
そうした自分自身に気がつくと、彼は慌てて布団の中にもぐり込んだ。佗びしい索漠たる感じが四方から寄せてきた。その中で彼は、自分の過去をずっと見渡してみた。何もかも、道子のことも江の島の橋のことも先妻のことも、遠くぼんやりと霞んでしまっていた。がただ一つ、意外な方面から、綾子の若々しい顔付が覗き出してきた。
綾子というのは、洋造の伯父の末娘の静子と同窓の親友で、女学校を卒業したばかりだった。前年の夏、戸倉温泉に行ってた伯父から洋造は手紙を貰って、いい処だから二三日遊びに来ないかと誘われて、何の気もなく行ってみると、伯父と一緒に静子と綾子が来ていた。伯父は同じ旅館に丁度よい碁敵を見出して、一日中大抵その方にばかり熱中していたので、洋造は自然静子と綾子とを相手にして、若々しい気持に遊びくらして、ついうかうかと十日余りすごしてしまった。静子は内気な弱々しい大人びた娘であったが、綾子は溌剌としたなかに危っけのある素純な娘で、無雑作に束ねてすぐに解けかかりそうな髪恰好と、その下の怜悧そうな広い額とが、全体の姿や調子によく調和していた。
千曲川の河原が彼等の遊び場所だった。