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なにもの
何者
江戸川 乱歩
「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页
彼は洋館の南側(足跡のついていた側)の西のはずれに立って、建物に身を隠して、首丈けで西側の北よりの方角を覗いているのだ。そんな所に何があるのだろう。その方角には、洋館のうしろ側に母屋の台所口があって、その前に、常爺さんが慰みに作っている花壇があるばかりだ。別に美しい花が咲いている訳でもない。
私は先手を打たれて少々小癪に触っていたものだから、一つ驚かせてやろうと思って、足音を忍ばせて彼のうしろに近寄り、出し抜けにポンと肩を叩いたものである。すると相手は予期以上に驚いて、ビクッとして振向いたが、何ぜか馬鹿げて大きな声で、
「ヤア、松村さんでしたか」
と怒鳴った。その声に私の方がどぎもを抜かれた位である。そして、赤井さんは、私を押し返す様にして、つまらない天気の話などを始めるのだ。
こいつ愈々おかしいと思うと、私はもうたまらなくなり、赤井さんの感情を害しても構わぬと思って、邪魔する彼をつきのける様にして、建物のはずれに出て北の方を眺めたが、別に変った物も見えぬ。ただ、早起きの常爺さんが、もう花壇いじりを始めていたばかりだ。赤井さんは一体全体、何をあんなに熱心に覗いていたのだろう。