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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

「ところがね」と赤井さんは喉の奥でクスクス笑っている調子で続ける。「滑稽なことには、あの靴足袋は、甲田君の足には小さ過ぎて合わないのですよ。さっきのハンカチの一件で甲田家を訪ねた時お母さんに聞いて見ると、甲田君は去年の冬でさえ已に十一文の足袋を穿いていたじゃありませんか。これ丈で甲田君の無罪は確定的です。なぜと云って、自分の足に合わない靴足袋ならば、決して不利な証拠ではないのです。何を苦んで重りをつけて沈めたりしましょう。

この滑稽な事実は、警察でも裁判所でもまだ気づいていないらしい。あんまり予想外な馬鹿馬鹿しい間違いですからね。取調べが進む内に間違いが分るかも知れません。それとも、あの足袋を嫌疑者にはかせて見る様な機会が起らなかったら、或は誰も気づかぬまま済んでしまうかも知れません。

お母さんも云ってましたが、甲田君は身長の割に非常に足が大きいのです。これが間違いの元なんです。想像するに真犯人は甲田君より少し背の高い奴ですね。奴は自分の足袋の文数から考えて、自分より背の低い甲田君がまさかそれより大きい足袋を穿く筈がないと信じ切っていた為に、この滑稽千万な錯誤が生じたのかも知れませんね」