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さっかときょうようのしょそう
作家と教養の諸相
宮本 百合子
「文芸情報」第六巻、1940(昭和15)年5月下旬号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,291 字 · 9 页
の伝統は戯作者気質の筋をひいていた。坪内逍遙の「当世書生気質」は、日本の近代文学の第一歩の導きとなって彼の近代小説論「小説神髄」の創作的実験であったが、その作品の世界は書生という姿に於て踏襲されている昔ながらの遊蕩の世界であり、その遊蕩というものに対する作者の態度も、戯作者的現実追随の域を脱していなかった。
こういう時代に、二葉亭四迷がロシア文学の教養から、人生における男女の自我の対立や個性と通俗のしきたりとの摩擦をとりあげたことは、まことに驚くべきことであったと思う。二葉亭の、当時の日本文学の通念より前進しすぎていた人生的教養は、逆に彼に文学は男子一生の事業に価するものかどうかという懐疑に陥れている。このことも、私たちに少なからず暗示するところがあると思う。
硯友社の文学的傾向に対して、作家は昔の戯作者に非ずとして、人生的な教養の必要を強調したのは、当時の内田魯庵その他所謂人生派の論客たちであった。
自然主義文学の動きは、硯友社的美文で造り上げられた現実を文学から追放して、もっとむき出しの、教養以前或は七重の教養を八重に引剥いだその底の人間性と真正面から取組もうとした、一応の教養を否定する教養に立っておこったわけであった。