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「ほぼ」のいんしょう

「保姆」の印象

宮本 百合子

「日本映画」1941(昭和16)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,705 字 · 6 页

青空文庫

けれども、今日として、ともかくあすこまでカメラが進み出したことには見のがせない価値があるのだと思う。少くともあの保育所の人たち、子供たちその親たちは、あの経験を通じてカメラを余程自分たちの生活に近いものとして感じることに慣らされたにちがいない。

記録映画の情熱と美は、畢竟、制作者がそこにある対象そのものの客観的な表現力として自身を自覚する強さと、対象となる人々が自分たちのものとしてカメラを信頼する強さとにかかっている。

結果的には、写される人々のカメラへの全然の無頓着、冷淡さも画面としてはやはり或る面白さをもたらすだろうけれども、文化映画の本来の志望が、制作のための制作でないことを考えれば、永い将来のうちに、人々がいろんな場面で、自分たちの表現手段としてカメラを感じるように導かれ育てられてゆくことは、文化映画を制作する人々に課せられた、もう一つの任務でもあろうと思う。

「保姆」という題は、何かで厚木氏がふれておられるように、子供とその母を育てるという眼目をもうすこし広い形で示すものであった方がもっとよかったかもしれない。こういう性質の映画の明日の可能性を期待させる一つであったと思う。