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はいくはかくかいしかくあじわう
俳句はかく解しかく味う
高浜 虚子
「俳句は斯く解し斯く味ふ」新潮社、1918(大正7)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,016 字 · 144 页
多いのである。
君見よや我手入るゝぞ茎の桶 嵐雪
これも嵐雪という人の凡てもののやさしみをいうのに長けておる例証としてよく挙げられる句である。男世帯などを聯想する句で、友人が尋ねて来て、晩飯でも一緒に食おうとする時に女房か下女でもあるならば、そのものが膳立をしてくれるのであるけれども、そういう女気は勿論のこと、下部も小僧もない、唯物草太郎の男が一人で自炊をしておるのであるから、漬物を出すのも自分でせなければならぬ。君と言ったのは其処に来会わせておる友人に言ったので、君見てくれたまえ、僕は漬物桶に自分で手を入れるんだぞ、というのである。茎の桶というのは、冬三河島菜のような菜を漬ける、それを茎の桶というのである。寒い冷めたい臭い茎の桶に自分から手を突込むというところに佗びしい心持もあるが、同時に何処やら得意なところもある。『鉢の木』の謡に佐野の源左衛門が「あゝ降つたる雪かな」と貧乏人のひだる腹を抱えながら雪の降って来るのを興じているが、それと同じことで、むさくるしい男世帯でも、その茎の桶に手を突込むところに、自分で興味を見出して多少得意なところがある、それは優にやさしいというようなみやびた情ではないが、滑稽を帯びた軽みのある情味がある。