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にせけいじ

偽刑事

川田 功

「新青年」1926(大正15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,368 字 · 15 页

青空文庫

彼女は役人が登庁する時の様に、何の躊躇もなく其店へ姿を消して了った。栗屋に執って之れは好都合であった。此店には暇過ぎる彼を終日飽かせない程の品物を並べてあった。此中へ彼女が這入ってさえ居れば、幾度でも彼女と邂逅する事も出来るのであった。彼は落着いて店の中を歩いた。卓の上には積木細工の様に煙草を盛上げたり、食料品の缶詰が金字塔型に積重なったりして居た。彼は其辺を一ト渡り見渡して、女の方へ眼を移した。が、某所には女の影も見られなかった。彼女に匹敵する丈けの美人も見付からなかった。

彼は大理石で張詰めた壁に沿って、コルク張の階梯を軟かく踏んで二階へ急いだ。彼女はエレベーターで天上でもしたのか、此処にも姿は見出せなかった。彼は本気に慌てて三階へ駈け昇った。身形が別に派手でも何でもないが、彼女を見付け出すのは鶏群中の雄鶏を見出す程容易であった。彼女の手には反物らしい紙包の買物が既に抱かれて居った。彼女は今半襟を一面に拡げた大卓の前で、多くの婦人達に混って品の選択を始めて居た。彼は既製洋服を吊した蔭に立って覗き始めた。美しい婦人達の大理石の様な滑かな手で、蛇の様に重みのある縮緬地が引揚げられたり、ぬらぬらと滑り落ちて蜷局を巻いたりして、次から次へと婦人達の貪る様な眼で検閲されて居るのである。