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びぜんてんいちぼう

備前天一坊

江見 水蔭

「現代大衆文学全集」平凡社、1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,511 字 · 25 页

青空文庫

それは朝日川原の夕涼に人出の多い中をお綾はただ一人で、裏口から出て、そぞろ歩きしていた時の事であった。

「やァ評判の半田屋の娘が涼みに出た」

忽ち人は注目して、自然にお綾を取囲むので、さなきだに備前の夕凪。その暑苦しさにお綾は恐れをなして、急いで吾家へ逃げ込もうとした。

するとその頃、網ノ浜から出て来て、市中をさまよい歩く白痴の乞食、名代のダラダラ大坊というのが前に立ちふさがった。

「いひひひひ」

変な笑いに異状を示しながら、袂の中から取出したのは大きな蝦蟇。それの片足を攫んでブラ提げながら、ブランブランと打振り打振り、果てはお綾の懐中に入れようとするのであった。

「きゃッ」

お綾は蛇も嫌いであるが、別してこの蝦蟇のイボイボを見ては、気絶するばかりに虫が好かぬのであった。

お綾が顔色を変えて逃げ出すのを見て、ダラダラ大坊は一層面白がって。

「わしの嫁になりんさい。それがイヤなら蝦蟇のイボイボを嘗めんさい」そう云いながら追掛けた。

それを横合から出て救ってくれた一人の若侍。これは御側小姓を勤める野末源之丞というのであった。

それが縁となって、夜の京橋上に源之丞が謡曲の声を合図として、お綾は裏口から河原に忍び出るとまで運んでいた。