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びぜんてんいちぼう
備前天一坊
江見 水蔭
「現代大衆文学全集」平凡社、1928(昭和3)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,511 字 · 25 页
「まァ、何をその様に遠慮しているのじゃ。拙者は近く御当家に御召抱えと相成る身。さすれば早速又家内を迎えねば相成らぬで、それには誰彼と云おうより、お前に来て貰いたい真実の心」
「あれ、勿体ない。宿屋風情の娘が、御身分の御方様に……」
「いやいや、それは仮親を立てる法もある。まァその様な事を申さずと、嫁入り支度に就て、もっとも打解けて語り合おうではないか。さァ、さァ近く……はて、恐しい蚊の群じゃ」
立って金三郎は撫川団扇バタバタと遣い散らし、軒の燈籠の火を先ず消した。次いで座敷の行燈の火も消した。庭の石燈籠の火のみが微かにこちらを照らすのであった。
「御免なされませ」
「はて、まだ好いではないか。もう少し話相手していてほしい」
折も折とて京橋の東袂近き所にて、屋島の謡曲の声。それぞ源之丞のおとずれとお綾の心はそちらにも取られた。
母親のお幸は、灯火の消えたので、安心して、店の方へ引下った。
この時、忽ち隠居所の中で。
「あれ――」という悲鳴。それはお綾の口からであった。
続いて金三郎の甲走った声で。
「曲漢ッ」と呼わった。
「御免下さりませ。つい暗いので部屋を取違えて」