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きずあとのはいけい
傷痕の背景
豊島 与志雄
「中央公論」1929(昭和4)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,022 字 · 38 页
――そういう説は、女に対する封建的な奴隷制度を是認する、誤った立脚点からのみ出発するものだ……。
有吉は、大きな眼玉を心持ちほてらして、相手の顔を見据えていた。長い髭がしゃちこばった。
「理屈と実行とは別だ。君は、そんな……不徳な心でいるから……この頃、田代さんのところにも……。」
「…………」
「自分でやましいと思うから、顔出しが出来ないのならば、まだ取柄があるが……。」
「それは別のことです。」と杉本はあくまでも冷かった。「時々伺いたいと思っていますが、何だか、共通の話題もないし、余りに生活の距りが大きいので、ただお邪魔になるばかりのような気がして……。」
「ばかな、それは君の方のひがみだ。田代さんとは、よく君の噂が出る、君のことを聞かれる……。だいぶ左傾してるようだが、どうだろう、少し意見を闘わしてみたいものだと、そんなことも云われていた。時々顔を出すくらいのことは……。」
「それはよく知っています。父が死んでから、ずっと学費のお世話になってきたんですから、影で、感謝しています。僕が、個人的に感謝していいのは、世の中に、あの人一人くらいなものです。」
云いすぎたかな……という気持で、杉本は相手の顔色を窺った。