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きかくとさんぞくととのさま
其角と山賊と殿様
山本 周五郎
「キング」大日本雄弁会講談社、1934(昭和9)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,948 字 · 10 页
「そうか、大名の為に俳諧はせぬと言ったか――」
と少々不愉快な顔をした。
そんな事があって間もなく、深川松川町の佐野屋喜左衛門という材木問屋の隠居所で、俳諧の催しがあるのに其角は招かれた。喜左衛門は似相という俳号をもって、蕉風の俳諧では、すでに旦那芸の域をぬきんでていた。
興行は七つ(午後四時頃)から始まって夜の五つ(午後八時頃)に終り、それから酒が出たので、其角が佐野屋の邸を辞したのはもう四つ(午後十時頃)を過ぎた時分だった。
「駕籠を雇いましょう」
と喜左衛門がすすめるのを断って、
「春寒の夜風で、酔を醒ましながら参るのも妙でしょう」
そう言って外へ出た。
浅春二月中旬の、どこかうるんだ空に、もうろうと薄月がかかっていたし、川面を吹渡ってくる風も、潮の香を含んで快かった。歩きだしてから却って酔を発した其角は、相川町を右に折れて、蹣跚と蜆河岸へさしかかった。すると片側町の暗がりから、
「待て待て、町人待て!」
と声をかけられた。吃驚して振返ると、手に手に大刀を抜いた五六人の覆面の武士が現われ、ばらばらと其角を取囲んだ。
「何か御用か」
其角も若かったし、未だ酔が充分に廻っているから、弱味を見せまいとして、傲然と相手を見廻しながら言った。