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とううん

凍雲

矢田 津世子

「婦人文芸」1934(昭和9)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,121 字 · 29 页

青空文庫

「駄目だってこと」

「でも、お高さんが好いていたら、どうするえ」

時二郎は黙った。

「やっぱりな」

親方は頷いた。

硝子戸が音を立てて開き、急に冷たい風が流れこんできた。黒が入って来た。そのあとから仙太がのっそりと入って来た。みんなはしんとして仙太の顔を見た。眼ばかりが大きく、異様に光ってみえた。

「今晩は、皆お揃いで」

そして、ちらと時二郎を見たが、気にもとめずに鏡の前に坐った。

「親方、髭あたってけれ」

親方はポンポン、と囲炉裏に火を落して、煙を鼻からふうっと吹いた。

「寒くなったしなあ」

明らかにうろたえていた。畳屋と他の二人は仕事が残っているからとて出て行った。指物屋は床屋の長男と将棋をさし出した。時二郎は新聞を見ていたが「おばこ節」を鼻唄で唄っていた。

「なんと、黒の大きくなったこと」

親方は剃刀を研ぎながら黒を見た。そして、湯をとりに奥へ入っていった。

仙太は据った眼付きで鏡をみていた。辺の何物にも気が届かぬふうである。

ひとわたり剃りが終った時、親方はまた剃刀を研いだ。

「親方、わしとこに、県下から買ってきた西洋剃刀あるけど、日本剃刀とどっちの方が好く切れるべがな」