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しょとうのにっきから
初冬の日記から
寺田 寅彦
「中央公論」1934(昭和9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,930 字 · 20 页
開演期間二十余日の間毎晩一度ずつ躓かなければならないことを考えると俳優というものもなかなか容易ならぬ職業だと思われる。それはとにかくこの善良愛すべき社長殿は奸智にたけた弁護士のペテンにかけられて登場し、そうして気の毒千万にも傍聴席の妻君の面前で、曝露されぬ約束の秘事を曝露され、それを聞いてたけり立ち悶絶して場外にかつぎ出されるクサンチッペ英太郎君のあとを追うて「せっかく円満になりかけた家庭を滅茶滅茶にされた」とわめきながら退場するのは最も同情すべき役割であり、この喜劇での儲け役であろう。
さていよいよ夕刊売りの娘に取っときの切り札、最後の解決の鍵を投げ出させる前に、もう一つだけ準備が必要である。それは真犯人の旧騎士吉田を今の新聞記者吉田に仕立ててそれをこの法廷の記者席の一隅に、しかも見物人にちょうどその目標となるべき左の顋下の大きな痣を向けるように坐らせておく必要があるのである。
夕刊売りが問題の夜更けに問題のアパート階上の洗面場で怪しい男の手を洗っているのを見たという証言のあたりから、記者席の真犯人に観客の注意が当然集注されるから、従ってその時に真犯人は真に真犯人であるらしい挙動をして観客に見せなければならないこと勿論である。