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はつたび
初旅
寺田 寅彦
「旅と伝説 第八十号」1934(昭和9)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,974 字 · 4 页
翌日は東寺に先祖の一海和尚の墓に参って、室戸岬の荒涼で雄大な風景を眺めたり、昔この港の人柱になって切腹した義人の碑を読んだりしたが、残念ながら鯨は滞在中遂に一匹もとれなくて、ただ珍しい恰好をして五色に彩色された鯨漁船を手帳にスケッチしたりしただけであった。父は維新前いわゆる御鯨方の支配の下に行われた捕鯨の壮観と、大漁後のバッカスの饗宴とを度々目撃し体験していたので、出発前にその話を飽きるほど聞かされていた。それで非常な期待と憧憬とをもって出かけたのであったが、運悪く漁がなくて浜は淋しいほど静かであった。しかし今になって考えてみるとそのおかげでかえって自分の頭の中には父の言葉で描かれた封建時代の捕鯨の光景がかなり鮮明な影像となって四十年後の今日もまだ保存されているのである。
室津の宿屋の主人はかなりのお婆さんであったが、われわれ二人の中学生の初旅を珍しがって大変にもてなしてくれた上に「珍しいものを見せて上げよう」と云って持出して来たのが一巻の絵巻物であった。よほど貴重なものと見えて、内証で見せてやるという条件つきであったような気がする。残念ながら詳しいことは覚えていないが、とにかくその巻物の中にはありとあらゆる鯨の種類それから親類筋のいるか、すなめりの類の精細な写生図が羅列してあったのでわれわれ二人の中学生