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わかれのじ

別れの辞

豊島 与志雄

「中央公論」1935(昭和10)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,330 字 · 37 页

青空文庫

宮崎が来たのはどれくらいたってだかよく分らないが、彼は一歩ふみこむと、そこに立止ってしまった。彼は眼が凹み、額から頬へかけた肉附がすっきりして、その両者が不調和な対照をなしていた。

「あなたの逢いたい人が来てるわよ。」

清子は彼を静葉の方に引っぱっていった。どういうものか、二人は初対面だった。

宮崎は静葉の顔をじっと見た。そしてそれきりだった。

「おい、宮崎君、握手をしよう。」

島村は彼を方を見やった。

「僕とですか……。」

宮崎は島村の眼を見入りながら、手を握りしめた。

「清ちゃん、お燗よ。」

おけいはやたらに清子を使った。彼女は長尾の側に坐って、猫のような手附をしながら、しきりに饒舌りたてていた。

私は島村に、金の都合がついたのかと聞いた。つかないが、済んだ、と彼は答えた。都合がつかないが済んだ、その言葉が謎のように長く私の耳に残った。

野口は芸者相手に、サンドウィッチの話をしていた。彼は三十幾種かを知っていた。牡鶏のとさかのはとてもうまいが、拵え方が下手では食えないそうだった。

宮崎が静葉の膝にすがって泣いていた。訳の分らないことを呟いていた。ふいに、だめよ、と静葉は叫んだ。