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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

(どうもいけないや、俺より上手だ)

そこで茫然して絶句した。

すると、黒鴨の武士が云った。

「長くとは申さぬ、一カ月余」

それからスルスルと進み寄ったが、囁くように云いつづけた。

「悪いことは申さぬ士官おしなされ。もっとも主取りの御身分なら、無理にもお進め出来ないが。いやいや先刻からの御様子でみれば、かけかまいのない御身上らしい。それで敢てお進めいたす。士官おしなされ士官おしなされ。実は」と云うといよいよ益々、声を細めて囁くようにしたが、

「ここ数夜、この界隈で、拙者試していたのでござる。勝れた武辺者はあるまいかとな。今は天保、浮世は飢饉、そのためでもござろう、腕の出来るご仁に、不幸、一人もぶつかりませんでしたよ。ところが今夜ゆくりなく、ぶつかりましたなア御貴殿に。……そこで、すっかり喜んだという次第。そこで、士官をお薦めするという次第。……そうは云っても藪から棒に、無闇と士官をお薦めしても、貴殿にはおそらく烏乱に覚され、御承引を手控えなされようもしれぬ。これは御理、当然でもござる。それでまず何より拙者の身分を、お打ち明け致すのが順当でござるが、まあまあそれははぶくとして、ただし、姓名だけ申しましょうかな。