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ぜんきてんまやけ
前記天満焼
国枝 史郎
「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页
「どうだどうだ、え、扇女、ソロソロおっこちてもいいだろう」
扇女の胸の辺りへ視線を送り、大学はこんなことを云い出した。
「御贔屓様は御贔屓様、旦那様は旦那様、可愛いお方は可愛いお方、ちゃあんと分けて居りますのでね」
扇女は早速蹴飛ばしてしまった。ビクともしない態度である。
「久しいものさ、その白も」
大学はニヤニヤ笑っている。決して急かない態度である。
二人ながらちょっとここで黙った。
やがて、大学は云い出した。
「ところで有るのかい、可愛い人が?」
「こんな商売、情夫がなくては、立ち行くものじゃアありませんよ」
「一体どいつだ、果報者は」
勿論大学怒ったのではない。語気を強めて云ったまでである。
怒るような大学ならいいのであって、いつも冷静、いつも策略、そうでなければ世は渡れぬ――と考えている彼なのであった。
「あやかりたいの、果報者に」
「なかなかむずかしゅうございますよ、果報者にあやかるということわね」
「ひどく勿体をつけるじゃアないか」
ツト手を延ばすと盃を取り上げ、
「まず注いだり。……冷めたかな」
銚子を取り上げた吉沢扇女は、盛り溢れるほど酒を注いだ。