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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

すると家陰から数人の人影が、タラタラと一勢に現われたが、旅侍を取り巻くや、四方からドッと切り込んだ。

「うむ、出たか! 待っていたようなものだ」

嘯くように云ったかと思うと、抜打ちに一人を切り斃し、

「すなわち人殺受負業! アッハッハッハッ、一人切ったぞ」

その時、

「引け」という声がした。……途端に刺客の人影は、八方に別れて散ってしまった。

「おかしいなあ」と佇んだまま、旅侍は呟いたが、

「はてな?」ともう一度呟いた。

というのは行手、眼の先へ、加賀屋と記された提燈が、幾個か現われたからである。

「宇和島様でございましょうな。加賀屋からのお迎えでございます」

手代風の一人が進み寄ったが、こう旅侍へ声をかけ、さも丁寧に腰をかがめた。

ところがこれも同じ晩に、もう一つ奇怪な出来事が起こった。

一人の立派な老人が、それは加賀屋源右衛門であるが、手燭をかかげて土蔵の中を、神経質に見廻していた。土蔵の中に積まれてあるのは、金鋲を打った千両箱で、それも十や二十ではない。渦高いまでに積まれてある。その一つの前へ来た時である。

「あッ」と老人は声を上げた。

と、その声が呼んだかのように、土蔵の口へ現われたのは、顔に醜い薄痘痕のある、蔵番らしい男であったが、手に匕首を握っている。