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けんきょう

剣侠

国枝 史郎

「山形新聞」1936(昭和11)年3月~8月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 156,961 字 · 310 页

青空文庫

「こう糸を垂れて水面を見ている」

「はい、魚釣りでございますからな」

「水が流れて来て浮子にあたる」

「で、浮き沈みいたします」

「いかにも自然で無理がない……芥などが引っかかると……」

「浮子めひどくブン廻ります」

「魚がかかると深く沈む」

「合憎、今日はかかりませんでした」

「相手によって順応する……浮子の動作、洵にいい」

「浮子を釣るのでもござりますまいに」

「で、わしはその中に、何かを得ると思うのだよ」

「鮒一匹、そのくらいのもので」

「魚のことを云っているのではない」

「ははあ左様で。……では何を?」

「つまりあの業を破る術じゃ」

「は? あの業と仰せられまするは?」

「水品陣十郎の『逆ノ車』……」

「ははあ」

「お、あれは何だ」

その時上流から女を乗せた、死んだように動かない若い女を乗せた、古船が一隻流れて来た。

「東馬、寄せろ、船を岸へ」

「飛んでもないものが釣れましたようで」

若侍は云い云い袴を脱ぎかけた。

が、古船は自分の方から、ゆるゆると岸の方へ流れ寄って来た。

武士は釣棹の柄の方を差し出し、船縁へかけて引き寄せるようにしたが、

「女を上げて介抱せい」

そう若侍へ厳しく云った。