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かご
加護
宮本 百合子
「大阪毎日新聞(夕刊)」1920(大正9)年8月17日~28日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,147 字 · 33 页
それ等の快感で、お幾の胸の中では、ここまで来るにお恵さんが、どれほどの涙と苦痛とを経たかなどということは、忘れるともなく忘られていたのである。
精力家で、半日と凝っとしていられないお幾は、今までも、ちょくちょくお恵さんの家を見舞っていた。けれども、友が息子を失ってから、まして、信心を始めるようになってから、彼女の訪問は、一層その度数を増した。辞退するお恵さんに、
「何、構うもんですか、外の空気を吸うだけ、私の体にだって好いのですもの」
と、彼女は三日にあけず、美しい黒塗の俥を止めるのである。
丁度土曜日に当る、或る朗らかな昼頃、お幾はいつものように、友の門前で俥を降りた。
片手に、好物の「けぬき鮨」の折を持ち、曇硝子を嵌めた格子の前に立って案内を乞おうとすると、中からは、何かただならぬ気勢が洩れて来た。
二三人、人が塊(かたま)って何かしているらしい。他に来客でもあるのかと、瞬間躊躇したお幾は、間もなく、
「お母さん、お母さん、これ!」
と叫ぶ、遽しい淑子の声に驚ろかされた。
「奥様、お湯を……大丈夫でございますか?」
おろおろした下女の声に混って、聞き取れないほど低くお恵さんが何か答えるらしい様子がする。