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かご

加護

宮本 百合子

「大阪毎日新聞(夕刊)」1920(大正9)年8月17日~28日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,147 字 · 33 页

青空文庫

ひどく靄(もや)の濃い朝である。

ひっそりした午前六時過の天地は、一面、乳白色の、少しきな臭いような靄に包まれ、次第に昇る朝日に暖められた大気が、水のように身辺を流動する。

奥には溶けるような薔薇色の輝やきを罩(こ)め、稀な人影を、ぼんやり黒く浮上らせる往来の様子は、彼女の心に、珍らしい美しさを感じさせた。

ところ、どころの靄の切れめからは、チカチカと粉のように耀く杉の黄葉や樫の梢が見える。一間二間と、歩みにつれて拓けて行く足下の往来の上では、濡れ湿った小石の粒が、鋭い少年の眼のような反射をなげる。

まだちっとも塵の立たない大きな屋敷の塀の内で、元気な犬が、胴震いをして頸輪を鳴らし、嗅ぎ音を立てながらあっちこっちしている気勢なども、如何にも快い十二月の朝らしく響いて来る。

何に行手を遮られることもなく、寒く、しかも暖く靄と太陽とに纏まれて歩いていると、お恵さんの心には、何とも云えない平安が満ち溢れて来た。

この道も、幾度通った処だろう。時には、明朝を想うさえうんざりして、のろのろ足を引擦って来たことのある路だ。

それが、今朝は、まるで違った世界に在るように気持よい。