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きただけとあさひだけ

北岳と朝日岳

木暮 理太郎

「改造」1929(昭和4)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,121 字 · 16 页

青空文庫

大正六年七月二十四日から二十七日に至る四日間は、短い旅ではあるけれども、楽しい思い出の深い印象となって残っている。

小川の谷は想像していたよりも荒れすさんでいた。いつも谷に入る毎に「吸い込まれる」という気持で一杯であるのに、この谷では吐き出され度さえ思った。小川温泉の元湯のある所は、谷間とはいいながら、海岸から三里足らずの距離であるにも拘らず、附近に残雪が見られたのは、如何に積雪量の多いかを語っている生きた証拠だ。涼しい声の河鹿やひぐらしは盛に鳴き立てるが、木蔭のない河原の砂や小石は日に焼けて、其上に張った天幕の中は、寝苦しい程蒸し熱かった。

小川の谷から越道峠を踰え、小さい谷に沿うた道を下って、北又に達した。峠の頂上からは残雪美しい清水、猫又の連嶺が東南に望まれる。北又の水量は思ったよりも多かった。これから流に沿うて恵振谷の落口まで遡らなければならない。徒渉二十余回、一時間を要する。中にも一枚岩の河床が雨樋のように抉れて、一丈近い飛瀑を奔下させている上を徒渉した時には、皆危く足を浚われる所であった。

魚止瀑に近づくと谷は一曲して左に折れ、絶壁の間に長い瀞をなし、四、五十間にして又右に曲り、それから奥は如何なっているか知ることが出来ない、唯だ何処ともなく轟という地響のような音が聞えるばかりである。