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オチフルイかいじゅうろうてがらばなし

十二神貝十郎手柄話

国枝 史郎

国枝史郎『十二神貝十郎手柄話』。同一底本的分册已合并为一书。收入:十二神貝十郎手柄話、加利福尼亜の宝島。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 127,035 字 · 254 页

青空文庫

「今度のことばかりは気永に構え、そろそろとやらなければ成功しがたい。暴力や権威をもってしても、歯の立つことではないのだからな」

「はい、さようでございますとも」

「直接本人にぶつかっても、口を割らない事件ではあるし」

「はい、さようでございますとも」

「それで傍流から手をつけたのが……」

こう云って来て貴人のような武士は、円行灯の黄味を帯びた光に、正しい輪郭を照らしていた顔を、にわかに傾げて聞き耳を立てたが、急に立ち上がると円窓を開けた。

窓の外は狭い坪庭であって、石灯籠や八手などがあった。その庭を囲んでいるものは、この種の妾宅にはつき物にしている船板の小高い塀であった。

「これ、誰だ!」と武士は云った。しかし坪庭には人はいなかった。ただ横手の露路へ出られる、切り戸口の傍らに立っている、満開の桜の下枝から、花が散っているばかりであった。

「どなたか?」と、お蝶が不安そうに訊いた。

「さあ、何んとなく気勢がしたが……」

この頃十二神貝十郎は、自分の妾宅へ寄ろうともせず紗を巻いたように霞んで見える、月夜の露路を本通りの方へ、考えながら歩いていた。

(館林様が関係しておられる、大きな仕事に相違ない)