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じゅうがつのぶんげいじひょう
十月の文芸時評
宮本 百合子
「東京日日新聞」1936(昭和11)年9月23~27、29日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,740 字 · 16 页
ただ、これらの沢山の小説のほとんど全部を芸術的に弱い作品たらしめている原因を観察すると、こんにちの文学の問題としてある疑問が生ぜざるを得ない。
これらの作品の中には、ただ一つも熱心のあまり失敗しているというものがない。意あまって筆足らず、ついに親しき失敗を示しているというものもない。ましてや、こんにちの嶮阻な時代と闘う人間の情熱、複雑困難な現実を把握しようとする意企から芸術的均衡が破れているというようなのは見当らない。多くの作品は、共通に、作家の芸術的確信の喪失、自身が作品において主張し得る社会性、存在権に対する懐疑から稀薄にされ、弱められているのである。
川端康成氏は、今日の文壇で、自身としての芸術的境地を守ること、切磋琢磨することのきびしい作家の一人として一部の尊敬を得ているのであるが、今月の「父母」(改造)の最後の章の効果を、作者自身は何と見るであろうか。慶子という少女の青春の美をめぐって軽井沢風景の間に描かれる作者の幻想の世界から、最後に作者自身が飛び出し、「信念のないロマンチストは皆ファンティジストに過ぎず、信念のないリアリストは皆センチメンタリストに過ぎぬ」