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ちよこ
千世子
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页
「でも私はあの人の生活に手をさわってはいけないんだ、そうすれば悪い事が大抵は起るにきまって居る」
こんな事を思って居た。
千世子はたった一人の男のために自分の生活の状態が変調子になって来たり、こびりついてはなれない感じをうけるなんて事はこのましくないいやな事だった。
いくら何と云ってもHがすきだと云う事ばかりは千世子のどんな心ででも打ちけして、
「いやそうじゃあない」
と思わせる事は出来ないものであった。今まで思いつづけて居た事を拭ってしまおうとする様に空に覚えて居るサロメの科白をうたの様な声で云った。
「ヨカアンナや、あたしはお前の体にほれてよ! お前の体はまだ鎌の入った事のない野原の百合の様に真白だ。
お前の体は山の上のゆきの様に――」
目をつぶっていつの間に身ぶりまでして居た千世子は後の方から来る足音のまだ若い男だと云うのをさとるとすぐにスウィッチをぱッともちあげて、あっけにとられて居る油じみた顔の男の前を斜によぎって部屋に入ってしまった。
母親は千世子のかおを見るとすぐに、
「あした若しかすると小供達と源さんとHさんが来るってさ、四時にここにつくって……」