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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

霊気にふれた様に、偉大なものを頭の中につきこまれて居る様に千世子は外の景色を見入って居た。今までめったに見た事のない壮厳な背景の前に千世子の頭にたえず描かれて居るニムフやサチルズがかるい足どりで木の葉かげから出て来ては舞うのが見られた。アポローの銀の絃の澄んだ響に、ふかさの知れない谷底になる沈鐘の鐘がまじって美くしい音楽となり、山の*さん郎らの金の櫛で梳りながらの歌声、そうした、いかにも想像で出来あがった美くしいおだやかな幻影の絵巻物が千世子の前にひろがった。

涙をポロポロこぼしながら千世子はひざまずいた、嬉しさは潮の様に波立っておしよせて来る。

神秘的な暁の色の中に体をひたしてつっぷして目に見えないものを感謝し讚美した。ジいと上を見ながら千世子は立ち上った。

よろこびと云いしれぬ胸のときめきにかすかにふるえる体をうす桃色の房の長い寝間着とまっしろにシックリした毛足袋につつんで長くとかした髪をくびに巻いて青磁の燭台に灯をつけた、部屋の出口を銀に光る鍵であけることも廊下に木のかげのさして居るのもこの上なくいい感じのする事だった。途中まで来て千世子は巻いて居たかみをほぐしてその半分で顔をかくし灯をさきに出してすり足をして歩いた。