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ちよこ
千世子
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页
そんな時にはいつでもHは「フフン」と人事の様に鼻の先にしわをよせてこの頃漸く育って来た感情を自分で信じる事はこのまなかった。
(六)
それは随分温い上気しそうな日だった。
Hは光線をよく入れようと南に面して沢山ある出まどをすっかりあけはなした、白い紙は光線のさすところだけうす桃色ににおって居た。
白い額に落ちかかって来る濃い髪を上げあげしながらHは軽い気持になって自分のすきな子守唄をうたった。Slumber Slumber ゆるいなだらかな諧調の声を胸のそこからゆすり出す様に張って歌った。
不意に庭の木のしげみからかるい若い女の声が伴奏の節に同じうたをつけて合わせて居る、Hはフイと歌をやめた、それと一緒にパッタリとその声もやんだ、うす笑いしながら又うたうとその声もつづく。
Hはうたいながら斯う思った。
「妙にいつもより好い声を出して居る、つやっぽい、いかにも甘ったるい声を出して居る、どうしたんだろう、キット様子もいつもよりきれいになってるかも知れない、ほんとうにくすぐる様な声だ……」
歌を一つうたいおわるとすぐまどから首を出してそとを見た。