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なんぽうゆうしん
南方郵信
中村 地平
「文學界 第五巻第四号」文藝春秋社、1938(昭和13)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,899 字 · 42 页
見わたすかぎり田圃に、黄色い花が霞のように咲き揃っているのに気がつくと、トヨも突然気がたってきたように、たちどまる。そして、長い脛を踏み交わし、首をあげ、歯をむきだして高くいななくのが普通である。
手綱が急に重たくなり、体が引き戻されると、源吉爺さんはいつもトヨが、昔草競馬で一等をとっていた頃のことを思いだす。その頃、トヨはまだ若く、華やかで、毛並は美しく艶があり、体も弾力に富んでいた。そして、黄と赤とのだんだらの縞がある、メリヤスのシャツを着こんでいた、乗り手の源吉爺さんを手こずらしたものであった。
「あの頃は、わしもまだ血気の美青年で、村の娘ん子たちに騒がれたもんじゃったが……。この頃のように欲念が薄うなっては人間も早や死物同然じゃ」
爺さんは思わず大きな溜息をつく。
菜の花畑で草を伐っている百姓たちは、蹄の音に気がつくと、花の間からむくむくと背のびして、馬上をふり仰ぐ。そして例の決りきった挨拶を旦那との間に取り交わす。しかし、蹄の音がまだ消えるか、消えないうちに、たちまち屈託のない、野放図な百姓たちの笑い声が、賑かに雲のように湧きあがる。
「あのなあ、旦那の鼻はな……」