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なんろ
南路
宮本 百合子
「太陽」1922(大正11)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页
自分がいさえすれば、助けになることのあるのは知れきっている。彼女の安全の度は多量に増す。それを知りつつ、自分の延びても僅かな楽しみを偸(ぬす)むのは実に安らかではない。――
長い沈黙の後、私は、うるんだ声で、然しはっきり、
「帰った方がいいと思うことよ」
と云った。
「私共は、金さえあれば何時でもまた来られる。けれども……お母様の命は、一つほかない」
「うん……私もそう思っていたところだ。その方がよかろう」
「そうするわ。……」
種々な感動が入り乱れて、私は涙を止められなかった。自分が着くまでに母は死んでいやしまいかという危惧、種々な想像の不吉な予感、また、自分達の、始まったばかりの優しい暖い生活と引離れる辛さ。
私は、心が二つにひきちぎれる心持がした。
大学の仕事の都合で、良人が一緒に帰られないのは、云わないでも分っている。
仕舞に、私は、涙が全く神経的に流れ出すのに心付き、
「大丈夫よ、神経だから。大丈夫よ」
と、かまわず、必要な相談を始めた。
もう夜が更け、一二時になり、森とした家々を超えて、高架電車の駛る音が、寂しく機械的に耳に響く。
○