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なんぶのはなまがり
南部の鼻曲り
久生 十蘭
「新青年」1946(昭和21)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,683 字 · 25 页
モオリーは雑木林のはずれの校倉づくりの小屋に寝ていたが、七月といえば王鮭が終ってまさに犬鮭のシイズンにかかり、毎日六千尾から一万尾という、鮭時の中でもいちばん忙しい時期で、二線の機械まで動員して今日も終日、明日も終日という騒ぎだから、モオリーを看てやろうなどという人間は、一人も half もありはしない。前の日の汚れた食器が次の日の夜までそのまま枕元のテーブルに放りだしてあったりした。
仕事を切りあげて夜食をすませると、たいてい夜半すぎになるが、いつ行って見てもモオリーは窓のほうへ顔を向け、黄昏とも夜明けともつかぬ薄ら明るい北方の夜半の景色をぼんやりと眺めていた。
おれが入って行くと、モオリーはいかにも冷淡な口調で、
「What’s the matter?」
どうしたんですか、などと剛強に弱みを見せなかった。そのくせ、帰ってくれともいわない。おれはモオリーの枕元に坐って、勝手にしゃべりたいことをしゃべる。モオリーは一と言も口をきかないのである。
親切が仇というのは、おれとモオリーのような場合をいうのではないかね。おれが親切をつくせばつくすほど、モオリーがいっそう苦しむと知ったら、おれはモオリーのところへなぞ出かけて行くはずもなかったが、その時おれはまだなにも知らなかったのである。