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たまご

卵

夢野 久作

「猟奇」1929(昭和4)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,782 字 · 8 页

青空文庫

三太郎君は勉強に飽きて裏庭に出ました。

空には一面に白い鱗雲が漂うて、淡い日があたたかく照っておりました。その下に立ち並ぶ郊外の家々は、人の気はいもないくらいヒッソリとして、お隣りとの地境に一パイに咲いたコスモスまでも、花ビラ一つ動かさずに、淡い空の光りをいろんな方向に反射しておりました。

その花の蔭の黒いジメジメした土の上に初生児の頭ぐらいの白い丸いものが見えます。

「オヤ……何だろう」

と三太郎君は不思議に思い思い近寄ってみますと、それは一つの大きな卵で、生白い殻が大理石のような光沢を帯びておりました。その横の地面に竹片か何かで字を書いて、卵と一所に輪形の曲線で包んでありました。

……三太郎様へ……露子より。

三太郎君はハッとして慌てながらその文字を下駄で踏み消しました。そうしてコスモスの花越しに、空地続きになっている裏隣りの二階をあおぎました。

その二階は階下と一所に雨戸が閉まっていて「貸家」と書いた新しい半紙が斜めに貼ってありました。露子さんの家は、ゆうべ三太郎君が睡っているうちに、どこかへ引っ越してしまったらしいのです。

露子さんと三太郎君が初めて顔を見合ったのは、今年の春の初めでした。