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はんこう
反抗
豊島 与志雄
「国民新聞」1921(大正10)年8月4日~11月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 140,121 字 · 282 页
彼は振り向いて彼女の顔を見ようとしたが、すぐ側に彼女の息を感じて、頭を動かすことが出来なかった。懐の左手をそっと出して、彼女の腕を抱えた。然し心は少しも熱して来なかった。彼女の態度も冷たかった。
雲の切れてる西の空に、淡い星影が二つ三つ見えていた。周平はそれに眼を据えて歩いた。堪らなく淋しくなった。心の拠り所が分らなかった。保子のこともお清のことも夢のようだった。見知らぬ女と歩いてるような気がした。組み合してる腕と腕との接触や、着物越しに感じられる厚ぼったい肉附や、頬に触れる髪の毛や、肩掛の中で交る互の呼吸や、仄かな化粧の香りなどが、息苦しい感情を唆りはしたが、それでいて妙に気持のうつらない冷かさがあった。彼は云い知れぬ佗しい心地になって、肩掛の中に頬を埋めた。軽い刺戟を含んだ柔かな毛糸の感触が、しみじみと胸にこたえた。肩掛の端についてる毛糸の玉を、掌にじっと握りしめた。
飯田橋で、支那饂飩屋の淋しいカンテラの光りが見えた。二人は平気でその前を通っていった。何にも云うことがなかった。互に離れることも出来なかった。夜気に濡れた電車のレールが、薄暗い中に蒼白く光っていた。