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はんこう

反抗

豊島 与志雄

「国民新聞」1921(大正10)年8月4日~11月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 140,121 字 · 282 页

青空文庫

彼は一寸心の置き場に迷って、前にあった珈琲椀を取り上げた。何だか黙って居れなかった。

「さんざん小言を云っといて、珈琲一杯ではひどいですね。」

「だからお土産をつけてあげるわ。」

保子は帯の間から、紙に包んだものを取出した。周平は一寸躊躇したが、彼女の笑顔に促されて、黙ってそれを受取った。そしてすぐ立ち上った。

「落さないようになさいよ。」

無雑作に懐へねじ込むのを見て、保子からそう注意された言葉を、彼は上の空で聞き流して、外に出た。

空は晴れていた。西に傾いた晩春の陽が、咽っぽいような光りを一面に大地の上に送っていた。

或る曲り角で、向うから駈けてきた俥を避ける拍子に、枳殼の生籬の刺で、彼は手の甲を少し傷つけた。血のにじんだ所へ唾をつけると、ひりひりと痛んだ。それが妙に快い気持だった。

彼は保子のことを考えていた。姉妹のない彼にとっては、保子は姉――美しいやさしい姉であった。と同時にまた、人間的に師事している横田の夫人であった。彼女の親切を思う時、彼はしみじみと力強い気がした。彼女の保護がある以上は、あと二年足らずの大学選科も、無事に終えられそうだった。