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こずのしんじうべきていど
古図の信じ得可き程度
木暮 理太郎
「山岳」1923(大正12)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,637 字 · 8 页
以外に所見なければ、何等的確なる判断を下すこと能わず。思うに菅沼の発見は金精峠の開路或は白根の開山と同時若くは其以前なることは有り得可きも、其以後にあらざることは疑なければ、若し開路開山にしてその孰れが先に開かれたるにもせよ、正保以前に行われたること明かならば、菅沼の発見されたることも之を推測して誤なからん。従って『正保図』の如く官命に依って選ばれたる地図に之を略する筈なければ、この場合ツフラノ沼はたとえ漠然と一湖を描けるのみなりとも、之を以て三湖を代表せるものと見て差支なしというを得んか。或は又同じ理由よりして反対に、官選の地図に一湖を描けるのみなるは、偶以て菅沼の未だ発見されざりしことを証するものなりとも言い得可し。憾むらくは資料乏しくして、白根の登山は元より金精峠の路も、いつ頃より開かれたるものなるかを知る能わざることをや。
然れども菅沼なる名称に関しては、幸にして有力なる資料の存するあり。此名の初めて地図に記されたるは、蓋し前記明治十三年十月出版の『上野国全図』ならんも、『郡村誌』に拠れば、貞享三年九月の東小川村の検地水帳に、字地の中に明に菅沼なる名称を掲載せるを見る。