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よしだしょういん

吉田松陰

徳富 蘇峰

「国民之友」1892(明治25)年5月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 135,622 字 · 269 页

青空文庫

彼は慓悍の公卿大原重徳を慫慂して、長州に下向せしめんとせり。その意大原を以て藩主を要し、藩論を一定し、以て勤王軍の首唱たらしむるにありし。その書中の一節に曰く、

万々失策に出で候て、私共同志の者ばかり募り候も、三十人、五十人は得べくに付き、これを率いて天下を横行し、奸賊の頭二ツ三ツも獲候上にて、戦死仕り候も、勤王の先鞭にて、天下の首唱には相成り申すべく、私義本望これに過ぎず候。

彼がこの言は、空言にあらず、彼がこの書を草したるは安政五年九月二十八日にして、その間部詮勝要撃のため、同志を糾合し、京に入らんとし、その父、叔父、兄に向って訣別の書を作りしは、同十一月六日なり。

そもそも彼は何が故に自から間部詮勝の刺客とまでにはなりしか、彼が訣別書は、これを説明して余りあるべし。

頑児矩方、泣血再拝して、家厳君、玉叔父、家大兄の膝下に白す。矩方稟性虚弱にして、嬰孩より以来、連りに篤疾に罹る。而れども不幸にして遂に病に死せざりき。制行狂暴にして、弱冠より而還、しばしば重典を犯す。而れども不幸にして遂に法に死せざりき。二十九年間を回顧すれば、当に死すべきもの極めて多し。