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めいしょうまんげつ

名娼満月

夢野 久作

「富士」1936(昭和11)年4月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,840 字 · 37 页

青空文庫

アト見送った千六は慌しく船頭の耳に口を寄せた。

「直ぐにこの船を出いておくれんか。この風を間切って呼子へ廻わってんか。途中でインチキの小判と気が付いて引返やいて来よったら叶わん。和蘭陀船は向い風でも構いよらんけに……呼子まで百両出す。百両……なあ。紀国屋文左衛門や。道程が近いよって割合にしたら千両にも当るてや、なあ。男は度胸や……。あとはコンタの腕次第や。酒手を別にモウ五十両出す……」

玄海丸は思い切って碇を抜いた。それこそ紀国屋文左衛門式の非常な冒険的な難航海の後、翌る日の夕方呼子港へ這入った。そこで玄海丸を乗棄てた千六は巧みに役人の眼を眩まして荷物を陸揚して、数十頭の駄馬に負わせた。陸路から伊万里、嬉野を抜ける山道づたいに辛苦艱難をして長崎に這入ると、すぐに仲間の抜荷買を呼集め、それからそれへと右から左に荷を捌かせて、忽ちの中に儲けた数万両を、やはり尽く為替にして大阪の三輪鶴に送り付けた。

千六のこうした仕事は、その当時としては実に思い切った、電光石火的なスピード・アップを以て行われたのであった。

果して、そのあとから正直な五島、神之浦の漁民たちが海岸にコンナ荷物が棄ててありましたと云って、夥しい羅紗や宝石の荷を船に積んで奉行所へ届出たというので長崎中の大評判になった。