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めいしょうまんげつ

名娼満月

夢野 久作

「富士」1936(昭和11)年4月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,840 字 · 37 页

青空文庫

満月の愛嬌笑いは、いつの間にか淋しい、冷めたい笑顔に変っていた。二人の前で駒下駄を心持ち横に倒おして、土をはねかけるような恰好をしたと思うと、銀の鈴を振るようなスッキリとした声で、

「男の恥を知んなんし」

とタッタ一言。白い腮を三日月のように反向けて、眉一つ動かさず。見返りもせずに、裲襠の背中をクルリと見せながら、シャナリシャナリと人垣の間を遠ざかって行った。あとから続く三味太鼓の音。漂い残す蘭麝のかおり。

「……満月……満月……」

と囁やき交しながら雪崩れ傾いて行く人雑沓の塵埃いきれ……。

その中に両手の穢れを払いながら立上った二人の顔は、もう人間の表情ではなかった。墓の下からこの世を呪いに出て来た屍鬼の形相であった。血の気のない顔に生汗を滴らせ、白い唇をわななかせつつ互いの顔を睨み合って、肩で呼吸をするばかりであった。

「……こ……これが見返さいでいられましょうか」

千六の両眼から涙がハラハラと溢れ落ちた。

「……こ……これ程の挨拶……か……刀の手前にも……捨てて……おかれぬわい。ええっ……」

銀之丞の美しい眼尻には涙どころか、血が鈍染んでいた。二人は思わず互いの両手を固く握り合っていた。