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とらわれびと

囚われ人

豊島 与志雄

「群像」1952(昭和27)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,109 字 · 35 页

青空文庫

暫く無言。

酒太郎――忌々しい婆だ。

煙吉――俺たちに意見をしていきやがった。

愛子――あのひとに髪の毛を引っ張られたかと思うと、頭中がむずむずしてくる。

時彦――然し、みごとにやっつけられたね。

煙吉――誰がさ。

時彦――俺たちみんなだ。

煙吉――いや、俺はやっつけられたとは思わん。

愛子――あたしもそうは思わんよ。時代が違って、物の考え方が違っただけのことさ。

酒太郎――だが、俺たち、貧乏になったんだろう、には参ったね。まったく、下落したんだからね。

煙吉――下落したって構わん。何もかもがそうじゃないか。

一同は何かがやがや言いながら、自暴自棄のように飲み食いする。その光景は、ますます乱雑になる。

不思議なことに、室内にいるのはどうも彼等だけではないような感じだった。私(筆者)は初めからそういう印象を受けていた。眼に見えるのは彼等だけだが、まだ他にもいろんな人物がどこかに潜んでいる、そういう気配だった。もとより、それらの者は、姿を現わしもせず、口を利きもしなかったが、確かにその室内にいるに違いなかった。実体の分らないそれらの者のため、室内の雰囲気はへんに乱されて、落着かない不安なものになっていた。