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とらわれ

囚われ

豊島 与志雄

「早稲田文学」1915(大正4)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页

青空文庫

孝太郎はそれを家のサロンだと呼んでいた。其処で孝太郎は恒雄の苦悶をまし、また彼と恋愛を論じた。其処で富子(恒雄の妻)は孝太郎に彼女の過去をうちあけ、また彼の同情ある慰安の言葉を聞いた。そして其処で咋日の夕方孝太郎と富子とはふと唇と唇と、腕と腕との抱擁を交わしたのである。

孝太郎は今恒雄夫妻の顔を見る折の自分の心が気遣われた。昨日の出来事が彼の心の中で何か重大な形を取っては居なかったけれど、それからある暗い影が生じて来るかも知れないことを恐れた。実際それは富子と彼との間の同感と気分とから来た自然の行為ではあったけれど、そしてまた静な夕暮に惑わされた単純な行為であったかも知れないけれど、強いた人工の其処に無かったことが彼に却って不安を齎したのである。

孝太郎が静に二階から下りて来た時、茶の間で恒雄は新聞を見ていた。そして孝太郎に「お早う!」と云いながら、やはり新聞から眼を離さなかった。

孝太郎も黙って別の新聞を手に取ってみた。その時彼は全く落ち付き払っている自分を見出して、少し意外な感じがした。

「何か面白いことがありますか。」と彼はきいてみた。

「何も無いようですね。