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とらわれ

囚われ

豊島 与志雄

「早稲田文学」1915(大正4)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页

青空文庫

彼女の眼はいつも何かしら肉感的な濡いを持っていた。

孝太郎は次第に落ち付きのない日を過すようになった。何か息苦しいものが彼の心のうちに醸されてきたのである。

彼は富子の悩んだ心を見る時、その求めて得られざる永久の不満を包んだ心を見る時、その前に手を合したいような気がした。どうかして柔い涙で彼女の心を浸すような慰安の言葉をかけてやりたいと思った。それが彼女のために、恒雄と二人のためではなくただ彼女の魂のためにいいであろう、と思った。然し彼のそういう言葉の下から、訴えるようなまたよりかかって来るような彼女の眼差しを見る時、彼はもうどうすることも出来なかった。其処にはもはや何の言葉も意志も用をなさなかった。彼はただ彼女の唇に引きつけらるるの外はなかったのである。

そういう自分をふり返ってみる時、彼はいつも恒雄の心を下から見上げるようにして覗いた。そしてやがては……と思った。然し何の「やがては」であろう?――彼はよく恒雄夫妻の間を知っていたのである。

恒雄は孝太郎の近い親戚に当る。彼はまだ年若くて父の声望の御影でさる会社に重要な地位を占めてから、富子を迎えて別居したのであった。