轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

よんじゅうはちにんめ

四十八人目

森田 草平

「改造」1929(昭和4)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,183 字 · 112 页

青空文庫

横川勘平は円山会議に先立って、七月の末にはすでに江府へ下っていた。つづいて岡野金右衛門、武林唯七、それに毛利小平太の三人も八月の二十七日に江戸へ着いた。それに次いでは、吉田沢右衛門、間瀬孫九郎、不破数右衛門の三人が九月二日、矢頭右衛門七も単独にて同じく九月二日、千馬三郎兵衛、間重次郎、中田理平次は同月七日、木村岡右衛門、大高源吾も九月中というように、同志の士は続々江戸へ下った。しかも大石自身は、後を清くして立つためには何かと用事もあって、そうきゅうに京師を引払うわけにも行かない。そこで同志の心を安んずるために、まず伜の主税に老巧間瀬久太夫を介添えとして、大石瀬左衛門、茅野和助、小野寺幸右衛門なぞとともに、自分に先立って下向させることにした。一行は九月十七日に京都を立って、同月二十五日には無事江府に下着した。そして、石町の旅人宿小山屋に、江州の豪家垣見左内公儀に訴訟の筋あって出府したと称して逗留することになった。それと見た一党の士気は、こうなればもはや太夫の出府も間はあるまいというので、いよいよ振いたった。

三

これより先前原伊助、神崎与五郎の両人は、内蔵助の命を帯びて、すでにその年の四月中江戸に下っていた。